山形チェリ−紀行(番外編チェリ−ランド)
2005年5月5日 旅行昼食のため、三姉妹がお勧めの“チェリ−ランド”に向かった。“チェリ−ランド”とは今流行りの道の駅だ。でもここの道の駅、とても規模が大きい。土地が広いせいもあるのだろうが、とにかく駐車場も広く連休なのにあっさり入れた。かといって訪れる人が少ないわけではない。
屋台や出店や横長く並んだ店先には“だだ茶豆ソフト”や“さくらんぼソフト”など山形色豊かだ。そして一番目を引いたのは“玉こんにゃく”醤油で味付けされた玉型のこんにゃくが5ヶ串刺しにされて売っている。美味しそうに湯気の出る玉こんにゃくを頬張っている人も多い。
昼食は道の駅が経営しているレストランで摂った。食券を買う際にメニュ−前で皆で悩む。I先生と私はざる蕎麦、Yちゃんはもやしラ−メン、NちゃんとMちゃんはイチゴがこたえたらしく二人でいくら丼を分ける事になった。ふとみると“地ビ−ル月山”とある。先程の風景に癒された事もあってやや復活気味の私はすかさず頼んだ。
迎え酒とは良く言ったもの、妙に美味しい。お蕎麦も美味しい。でも運ばれてきたYちゃんのラ−メンをみて驚いた。壷みたいな器だ!以前北海道を旅行した時にやはり一人前の量に驚いた事を思い出した。北国の人は寒さに耐えるため熱量を蓄えるべくよく食べるのかな・・・と思った。
この場でとても感心した事があった。いくら丼が来て長女のNちゃんがMちゃんと分ける為、余分にもらった器によそっていた。見ていると「この位で良い?」とMちゃんに聞いている。Mちゃんが頷くとNちゃんは元々来た器をあげていた。中2と小4だから体格は違う。そして普通こんな時はお姉さんの方が元々きた大きな器を取ると思う。それを自分が小さな器を取り良い方を妹に渡すNちゃんの何気ない行動に感心した。と、同時にI家の教育方針が何となく見えた気がした。皆、このI家のような家族になってくれたら全国の教師と小児科医はどんなに嬉しいか・・・
食欲も満たされ、隣のトルコ館へ腹ごなしにいく。まだI先生は「このトイレの前でトルコ人のオジサンが売っていたシシカバブは美味しかった・・・」とぶつぶつ言っている。トルコ館の中には一般的なトルコ製品と昔の器などが飾ってあった。
しかしシシカバブを売るトルコオジサンは存在した。売れ行きが良かったのだろうか、トイレの前から屋根つきの屋台外へとランクアップしていた。嬉しそうにシシカバブを買うI先生。味見をさせて貰ったが確かに美味しい!ちなみにまた性懲りもなくトルコビ−ルを買って飲む私。
デザ−トは三姉妹がお勧めのJAが経営しているアイスクリ−ム。2本のビ−ルでややお腹が膨れ気味の私は辞退したが、沢山飾ってある色紙を見ているうちに食べたくなった。材料は様々、ここでも山形色いっぱい米・さくらんぼ・紅花など珍しいものがあった。随分並んで購入。私はラムレ−ズンと紅花にした。ちなみにここではビ−ルは売ってなかったので購入せず(当たり前)。
アイスクリ−ムを売っている場所にはさすがチェリ−ランド、さくらんぼの歴史が飾られていた。有名な“佐藤錦”の佐藤さんも写真が飾られていた。
山形を訪れた方は是非チェリ−ランドへ!!そしてトルコ人のオジサンが作るシシカバブを堪能してくださ〜い。
屋台や出店や横長く並んだ店先には“だだ茶豆ソフト”や“さくらんぼソフト”など山形色豊かだ。そして一番目を引いたのは“玉こんにゃく”醤油で味付けされた玉型のこんにゃくが5ヶ串刺しにされて売っている。美味しそうに湯気の出る玉こんにゃくを頬張っている人も多い。
昼食は道の駅が経営しているレストランで摂った。食券を買う際にメニュ−前で皆で悩む。I先生と私はざる蕎麦、Yちゃんはもやしラ−メン、NちゃんとMちゃんはイチゴがこたえたらしく二人でいくら丼を分ける事になった。ふとみると“地ビ−ル月山”とある。先程の風景に癒された事もあってやや復活気味の私はすかさず頼んだ。
迎え酒とは良く言ったもの、妙に美味しい。お蕎麦も美味しい。でも運ばれてきたYちゃんのラ−メンをみて驚いた。壷みたいな器だ!以前北海道を旅行した時にやはり一人前の量に驚いた事を思い出した。北国の人は寒さに耐えるため熱量を蓄えるべくよく食べるのかな・・・と思った。
この場でとても感心した事があった。いくら丼が来て長女のNちゃんがMちゃんと分ける為、余分にもらった器によそっていた。見ていると「この位で良い?」とMちゃんに聞いている。Mちゃんが頷くとNちゃんは元々来た器をあげていた。中2と小4だから体格は違う。そして普通こんな時はお姉さんの方が元々きた大きな器を取ると思う。それを自分が小さな器を取り良い方を妹に渡すNちゃんの何気ない行動に感心した。と、同時にI家の教育方針が何となく見えた気がした。皆、このI家のような家族になってくれたら全国の教師と小児科医はどんなに嬉しいか・・・
食欲も満たされ、隣のトルコ館へ腹ごなしにいく。まだI先生は「このトイレの前でトルコ人のオジサンが売っていたシシカバブは美味しかった・・・」とぶつぶつ言っている。トルコ館の中には一般的なトルコ製品と昔の器などが飾ってあった。
しかしシシカバブを売るトルコオジサンは存在した。売れ行きが良かったのだろうか、トイレの前から屋根つきの屋台外へとランクアップしていた。嬉しそうにシシカバブを買うI先生。味見をさせて貰ったが確かに美味しい!ちなみにまた性懲りもなくトルコビ−ルを買って飲む私。
デザ−トは三姉妹がお勧めのJAが経営しているアイスクリ−ム。2本のビ−ルでややお腹が膨れ気味の私は辞退したが、沢山飾ってある色紙を見ているうちに食べたくなった。材料は様々、ここでも山形色いっぱい米・さくらんぼ・紅花など珍しいものがあった。随分並んで購入。私はラムレ−ズンと紅花にした。ちなみにここではビ−ルは売ってなかったので購入せず(当たり前)。
アイスクリ−ムを売っている場所にはさすがチェリ−ランド、さくらんぼの歴史が飾られていた。有名な“佐藤錦”の佐藤さんも写真が飾られていた。
山形を訪れた方は是非チェリ−ランドへ!!そしてトルコ人のオジサンが作るシシカバブを堪能してくださ〜い。
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山形チェリ−紀行vol.2
2005年5月5日 旅行さすがに飲みすぎたのか、やや頭の芯が重い。でも今朝は良いお天気。そしてここ山形にて“イチゴ狩り”
今朝のお迎えはI先生・長女Nちゃん・次女Yちゃん・三女Mちゃん。彼女達は爽やかな笑顔の「おはようございます」なのに私はドンヨリした「おはようございます」。情けない大人の私・・・
何はともあれ車に乗って出発。まずはお土産の日本酒をゲット!I先生お勧めの「国〇酒店」に立ち寄る。目がグルグル@@になりそうなくらいたくさんの地酒がいっぱい!!!(狂)“う〜ん、これは困った”きっと本気で探し始めたらかなりの時間を要しそう。でも車には可愛らしいお嬢さん方が3人待っててくれている。お待たせするわけにもいかないので、昨晩飲んだお酒を手当たり次第に籠へ。I先生も「これも昨日飲んで美味しかった」とアドバイスしてくれる。そんなわけで選んだお酒は「桜〇」「上〇元」「〇」。宅配の用紙に急いで記入して出発。
高速道路を使って一路、寒河江市へ向かう。途中、車中で楽しい三姉妹の会話を聞きながらイチゴ農園にあっという間に到着。私の記憶のイチゴ狩りはしゃがんで取り手が泥まみれになった記憶があるが、こちらのイチゴ狩りスタイルはやや違う。脚付きのスタンドにイチゴの苗が入っておりちょっと腰をかがめる程度で取れる。これだったら靴も泥んこにならずにすむ。“地方が変わればイチゴ狩りなスタイルも違うんだ”と妙なところで地方色を体感した。甘いイチゴ。Yちゃんは「50個くらい食べたかも〜」と嬉しそうに笑っていた。
その後小高い丘に行き、最上川を真中にその向こうにまだ残雪をたっぷりかぶった月山をみた。爽やかな初夏を思わせる青空に雪山。九州出身の私には不思議な光景。こんなに汗ばむほど暑いのに雪山を見た。理論上、確かに月山の頂上は気温が低いだろうから雪が残っていてもおかしくはない。でも下界から見たときはそれは不思議な光景に映る。私も月山の雪のように根強い女性にならなくてはいけない。大事な人をどっしりと支えられるような力強い女性になりたい。派手さはないが壮大な美しさを持った風景だった。
お父さんであるI先生をからかいながら写真をとる三姉妹達を見ているとのどかで心が和まされた。
のどかな時間の後はやはり食欲!!I先生は美味しいお蕎麦を私に食べさせたかったようだが、何故かお嬢さん方は私をある場所へ誘う。「え〜“あそこ”に行くの〜」とI先生。でもせっかく彼女達がご推奨の“あそこ”にも行ってみたい。「昨日お蕎麦食べたし、そこに行きましょう」私の一言で決定。行くとなったらI先生、「そう言えばあそこにはトルコ人が屋台を出していてシシカバブが美味しかった」等と急に乗り気に。一行はまっしぐらに“あそこ”へトルコ人に会いに(?)向かった。
昼食後、しばらくして再び山形市内に戻った。そろそろ私は帰らなければならない。山形駅のタ−ミナル駐車場に車を停め、駅から出ている仙台空港行きのバスのチケットを購入した。早すぎたかなと皆で思っていたが、丁度良かった!15時台のこのバスを逃すと次は17時台しかない。17時台では飛行機に乗り遅れてしまう。やはり何事も早めが大事。
停留所で写メを撮ったりして三姉妹とはしゃいでいたが、とうとうバスが来てしまった。来た時と同様、採算度外視の少人数の乗客。再度この路線の採算が心配になった・・・
バスに乗り込み窓の外を見る。三姉妹とその父が一所懸命手を振ってくれている。発車と同時に信号待ち。その間も手が千切れんばかりに振る。いよいよ発車。三女のMちゃんがバスを追って見送ってくれた。
来て良かった、山形。また訪れたい山形。そして必ず再会したいI家の三姉妹。最後にありがとう、I先生。
今朝のお迎えはI先生・長女Nちゃん・次女Yちゃん・三女Mちゃん。彼女達は爽やかな笑顔の「おはようございます」なのに私はドンヨリした「おはようございます」。情けない大人の私・・・
何はともあれ車に乗って出発。まずはお土産の日本酒をゲット!I先生お勧めの「国〇酒店」に立ち寄る。目がグルグル@@になりそうなくらいたくさんの地酒がいっぱい!!!(狂)“う〜ん、これは困った”きっと本気で探し始めたらかなりの時間を要しそう。でも車には可愛らしいお嬢さん方が3人待っててくれている。お待たせするわけにもいかないので、昨晩飲んだお酒を手当たり次第に籠へ。I先生も「これも昨日飲んで美味しかった」とアドバイスしてくれる。そんなわけで選んだお酒は「桜〇」「上〇元」「〇」。宅配の用紙に急いで記入して出発。
高速道路を使って一路、寒河江市へ向かう。途中、車中で楽しい三姉妹の会話を聞きながらイチゴ農園にあっという間に到着。私の記憶のイチゴ狩りはしゃがんで取り手が泥まみれになった記憶があるが、こちらのイチゴ狩りスタイルはやや違う。脚付きのスタンドにイチゴの苗が入っておりちょっと腰をかがめる程度で取れる。これだったら靴も泥んこにならずにすむ。“地方が変わればイチゴ狩りなスタイルも違うんだ”と妙なところで地方色を体感した。甘いイチゴ。Yちゃんは「50個くらい食べたかも〜」と嬉しそうに笑っていた。
その後小高い丘に行き、最上川を真中にその向こうにまだ残雪をたっぷりかぶった月山をみた。爽やかな初夏を思わせる青空に雪山。九州出身の私には不思議な光景。こんなに汗ばむほど暑いのに雪山を見た。理論上、確かに月山の頂上は気温が低いだろうから雪が残っていてもおかしくはない。でも下界から見たときはそれは不思議な光景に映る。私も月山の雪のように根強い女性にならなくてはいけない。大事な人をどっしりと支えられるような力強い女性になりたい。派手さはないが壮大な美しさを持った風景だった。
お父さんであるI先生をからかいながら写真をとる三姉妹達を見ているとのどかで心が和まされた。
のどかな時間の後はやはり食欲!!I先生は美味しいお蕎麦を私に食べさせたかったようだが、何故かお嬢さん方は私をある場所へ誘う。「え〜“あそこ”に行くの〜」とI先生。でもせっかく彼女達がご推奨の“あそこ”にも行ってみたい。「昨日お蕎麦食べたし、そこに行きましょう」私の一言で決定。行くとなったらI先生、「そう言えばあそこにはトルコ人が屋台を出していてシシカバブが美味しかった」等と急に乗り気に。一行はまっしぐらに“あそこ”へトルコ人に会いに(?)向かった。
昼食後、しばらくして再び山形市内に戻った。そろそろ私は帰らなければならない。山形駅のタ−ミナル駐車場に車を停め、駅から出ている仙台空港行きのバスのチケットを購入した。早すぎたかなと皆で思っていたが、丁度良かった!15時台のこのバスを逃すと次は17時台しかない。17時台では飛行機に乗り遅れてしまう。やはり何事も早めが大事。
停留所で写メを撮ったりして三姉妹とはしゃいでいたが、とうとうバスが来てしまった。来た時と同様、採算度外視の少人数の乗客。再度この路線の採算が心配になった・・・
バスに乗り込み窓の外を見る。三姉妹とその父が一所懸命手を振ってくれている。発車と同時に信号待ち。その間も手が千切れんばかりに振る。いよいよ発車。三女のMちゃんがバスを追って見送ってくれた。
来て良かった、山形。また訪れたい山形。そして必ず再会したいI家の三姉妹。最後にありがとう、I先生。
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山形チェリ−紀行vol.1(夜編)
2005年5月4日 旅行I先生の案内で夕食に出かける。でも連休のためか、案内されるお店、お店お休みばかり。ようやく開いているお店があったが満席でいつ空くか解らないという言われた。「困った〜」と頭を抱えるI先生。「よしもう一軒このあたりに・・・」と案内された「味〇海」。良かった!空いていた!
「せっかくだから日本酒が飲みたい」のリクエストにピッタリなお店だった。さすがに山形県産の日本酒がズラリ。どれを選んでよいのか、嬉しい迷い。グラスの大と小があり、お値段も廉い。九州では1000円以上するお酒が500〜600円だ。とにかく山菜の天婦羅や鰤カマ等をつつきながら美味しい日本酒を堪能した。
I先生が勧めてくれた「黒〇」かの有名な「十〇代」の杜氏のお父さんが作られたお酒だそうだ。どっしりとして力強い味だ。それでいて重くない。身体に優しくなじんでいく味だ。今回来て本当に良かったと感じさせられた。奇しくも店員さんが私と同県の出身だった。山形大学に在籍していてアルバイトにきているとの事。思いがけない出会いに大いに盛り上がった。
明日はドライバ−として頑張らなくてはいけない当直明けのI先生はここで帰宅。でも「ここなら女性が一人でも安心」とよく行っているというBar「魅〇亭」を教えてくれた。連休のためか、ここは誰もいない。必然的にマスタ−とお話しすることになった。心地よいアルコ−ルの酔いも手伝って喋る私の話を静かに談笑しながら、マスタ−はお相手をしてくださった。そのうちに「美味しいお蕎麦があるので茹でてあげましょう」ということになりご馳走になる。とても美味しいお蕎麦だった。
今宵は時間がゆっくり流れている。山形の夜は優しい。いつの日か、この“優しい夜”をSと過ごしたい。
「せっかくだから日本酒が飲みたい」のリクエストにピッタリなお店だった。さすがに山形県産の日本酒がズラリ。どれを選んでよいのか、嬉しい迷い。グラスの大と小があり、お値段も廉い。九州では1000円以上するお酒が500〜600円だ。とにかく山菜の天婦羅や鰤カマ等をつつきながら美味しい日本酒を堪能した。
I先生が勧めてくれた「黒〇」かの有名な「十〇代」の杜氏のお父さんが作られたお酒だそうだ。どっしりとして力強い味だ。それでいて重くない。身体に優しくなじんでいく味だ。今回来て本当に良かったと感じさせられた。奇しくも店員さんが私と同県の出身だった。山形大学に在籍していてアルバイトにきているとの事。思いがけない出会いに大いに盛り上がった。
明日はドライバ−として頑張らなくてはいけない当直明けのI先生はここで帰宅。でも「ここなら女性が一人でも安心」とよく行っているというBar「魅〇亭」を教えてくれた。連休のためか、ここは誰もいない。必然的にマスタ−とお話しすることになった。心地よいアルコ−ルの酔いも手伝って喋る私の話を静かに談笑しながら、マスタ−はお相手をしてくださった。そのうちに「美味しいお蕎麦があるので茹でてあげましょう」ということになりご馳走になる。とても美味しいお蕎麦だった。
今宵は時間がゆっくり流れている。山形の夜は優しい。いつの日か、この“優しい夜”をSと過ごしたい。
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山形チェリ−紀行vol.1(昼編)
2005年5月4日 旅行快晴のお天気の中、J〇Lの仙台行きの飛行機は飛び立った。そして約2時間後、仙台空港に降り立った私は山形行きのバスに乗り込んだ。これがチェリ−紀行の始まりだった。
宮城交通の高速バスは一路山形へ。乗車人数はわずか7人。これで再三取れるのかな〜とちょっと心配。友人のI先生から「終点の1個前の停留所で降りるように、そしたら駅前だから」との指示があったので、素直にそれに従った・・・何処にも駅はない!デパ−トらしき建物の前にキャリ−バックと焼酎の甕を持った南国の旅行者がポツネンと立たされた。携帯でI先生に連絡するとどうも終点が変更になっていたらしい。そのまま歩いていけば駅前だからといわれ、ガラガラとキャリ−を引きながら歩く。実は左足の小指の爪が剥げかけてちょっと痛い。少しI先生を恨めしく思う。街並みはゆったりとしていてのどかな空気が漂っている。やたら「出羽桜」と「さくらんぼ」の言葉が目に付く。私の住む街でいうところの「明太子」みたいなものだろう。
何はともあれ、駅前に到着。今夜の宿泊は駅の上の「メ〇〇〇〇〇ン」
部屋の到着して程なくI先生から電話。下のロビ−まで迎えに来てくれていた。支度をして降りると次女のYちゃんと三女のMちゃんも一緒だ。見るからに純真そうなお嬢ちゃんたち。ややはにかみながらも「こんにちは」とお互いご挨拶。
I先生の運転でまずは簡単に山形市内を見て回る。I先生勤務の病院はなかなか立派な病院。病床数も聞けばかなりのもの、小児科の病床数も大学病院並みだ。そんな規模の一般外来・専門外来・病棟診察・当直業務などをこなし、今年からさらに研修医指導も加わるとなるとI先生の身体はいくつあっても足りない。忍者の様に分身の術を使わないとやってはいけない。少なくとも私とお酒を酌み交わせる程度には健康体でいていただきたいものだ。
車は次第に山道へ。桜がまだ咲いているという「野草公園」に案内される。ここは自然のままに様々な野草が生えていて今の時期には「山桜」の大きな木が見頃だそうだ。しかし異常気象の成果、ソメイヨシノが同時に咲いていた。「水芭蕉も綺麗に咲いているよ」とI先生が教えてくれた。I先生の凄いところは医学以外にも結構色々な事を知っている。この公園の中では「植物博士」になっていた・・・
YちゃんとMちゃんのお勧めのアイスクリ−ムを食した後はI先生のご自宅へ向かった。
ご自宅にはI先生の奥様と次男のY君が待っていた。奥様は優しそうでとても心の暖かそうな女性だ。私も奥さんをもらうとしたらこのような女性を・・・イヤイヤ私は男らしいとは言え、性別は女性だった。そしてまだ2歳のY君。とても愛くるしい。聞くところによると皆が可愛がるので仕事が忙しくてあまり会えないI先生のランクはY君の頭の中ではサッカ−ボ−ル以下らしい。かわいそうなI先生・・・
そうこうしているうちに長女のNちゃんが卓球の試合を終えて帰宅。そして近くに住んでおられる奥様のお父様もY君のご機嫌伺いに来られた。お茶をいただきながらしばしの歓談。初対面なのにそう感じない。
そして夕方になり、明日の再会を誓い合っていI先生に案内されて山形市内の日本酒処に繰り出す。さあこれからが本番!!
宮城交通の高速バスは一路山形へ。乗車人数はわずか7人。これで再三取れるのかな〜とちょっと心配。友人のI先生から「終点の1個前の停留所で降りるように、そしたら駅前だから」との指示があったので、素直にそれに従った・・・何処にも駅はない!デパ−トらしき建物の前にキャリ−バックと焼酎の甕を持った南国の旅行者がポツネンと立たされた。携帯でI先生に連絡するとどうも終点が変更になっていたらしい。そのまま歩いていけば駅前だからといわれ、ガラガラとキャリ−を引きながら歩く。実は左足の小指の爪が剥げかけてちょっと痛い。少しI先生を恨めしく思う。街並みはゆったりとしていてのどかな空気が漂っている。やたら「出羽桜」と「さくらんぼ」の言葉が目に付く。私の住む街でいうところの「明太子」みたいなものだろう。
何はともあれ、駅前に到着。今夜の宿泊は駅の上の「メ〇〇〇〇〇ン」
部屋の到着して程なくI先生から電話。下のロビ−まで迎えに来てくれていた。支度をして降りると次女のYちゃんと三女のMちゃんも一緒だ。見るからに純真そうなお嬢ちゃんたち。ややはにかみながらも「こんにちは」とお互いご挨拶。
I先生の運転でまずは簡単に山形市内を見て回る。I先生勤務の病院はなかなか立派な病院。病床数も聞けばかなりのもの、小児科の病床数も大学病院並みだ。そんな規模の一般外来・専門外来・病棟診察・当直業務などをこなし、今年からさらに研修医指導も加わるとなるとI先生の身体はいくつあっても足りない。忍者の様に分身の術を使わないとやってはいけない。少なくとも私とお酒を酌み交わせる程度には健康体でいていただきたいものだ。
車は次第に山道へ。桜がまだ咲いているという「野草公園」に案内される。ここは自然のままに様々な野草が生えていて今の時期には「山桜」の大きな木が見頃だそうだ。しかし異常気象の成果、ソメイヨシノが同時に咲いていた。「水芭蕉も綺麗に咲いているよ」とI先生が教えてくれた。I先生の凄いところは医学以外にも結構色々な事を知っている。この公園の中では「植物博士」になっていた・・・
YちゃんとMちゃんのお勧めのアイスクリ−ムを食した後はI先生のご自宅へ向かった。
ご自宅にはI先生の奥様と次男のY君が待っていた。奥様は優しそうでとても心の暖かそうな女性だ。私も奥さんをもらうとしたらこのような女性を・・・イヤイヤ私は男らしいとは言え、性別は女性だった。そしてまだ2歳のY君。とても愛くるしい。聞くところによると皆が可愛がるので仕事が忙しくてあまり会えないI先生のランクはY君の頭の中ではサッカ−ボ−ル以下らしい。かわいそうなI先生・・・
そうこうしているうちに長女のNちゃんが卓球の試合を終えて帰宅。そして近くに住んでおられる奥様のお父様もY君のご機嫌伺いに来られた。お茶をいただきながらしばしの歓談。初対面なのにそう感じない。
そして夕方になり、明日の再会を誓い合っていI先生に案内されて山形市内の日本酒処に繰り出す。さあこれからが本番!!
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